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どうにも、どうにもだめで渋谷で面接を受けたあと「熱があるので」とうそをついて会社を休んだ。十分始業に間に合う時間に用事はすんだのだけれど、でも行けなかった。こんなことでは社会でやってけない。うん。でも、穴にすうと吸い込まれて体育座りしながらぼんやり地上の雑踏を眺めていたいような気持ちになることは、どうしてもある。わたしは人よりそのタイミングが多いだけで。
心が泥靴で踏みつけられたようにぐちゃぐちゃなまま家に帰る。帰省の支度をして、唯川恵の「燃えつきるまで」を読んでいたら「仕事終わった 遊ぼうよ」と尾瀬からLINEが来た。新宿までキャリーケースを引きながら向かう。ルノアールの地下の階段を降りるときだけ運んでくれる人で、ふーん、と思った。出がけの間際に、合鍵返そうかともちらっと思ったけど、やめた。
「あのトレンチわたしにくださいよ」
と、席につくなり開口一番言ったら尾瀬は「あ、ごめん無理」と一蹴した。
前にふたりで歌舞伎町で飲んだ時、終電を逃した。「カラオケ行きましょうよ」というわたしの遠回しの強姦回避提案をガン無視して尾瀬は大通りでタクシーを捕まえ、わたしの家に送ってくれるのかと思いきや「コーヒーでも飲もうよ」とわたしの顔を見ずに自分の最寄をドライバーに告げて三田に向かわせた。
かちんときた。歳食ってるくせにだっさい手使うんだな、と思い、抗議の気持ちをこめて窓に頭をもたげてずっと携帯を見ていた。長距離で乗るタクシーは元々すきじゃない。金にものいわせてる感があるせいだろうか。
喧嘩した挙句、理由になっていない理由で振ってきたおじさんとちょうどばちばちにやりあっているさなかだった。惚れた男から届いたやなかんじのGmailを読んで、タクシーで知らない街に連れていかれている現状含めて本当にむり、マジで無理、と思った。
女を連れ込んだ割にほんっとうに尾瀬の家は荒れていて、あと全然コーヒーも淹れてくんなかったのでいよいよださい男だと思った(チャイでごまかされた)。
寝れば、と言われたものの横になる気になどなれず、床を埋め尽くす勢いでちらばりまくった服の類を一つひとつ根気よくハンガーにかけ、クローゼットに仕舞った。その際、バーガンディのストレートのトレンチがびっくりするほどわたしに似合ったのだった。尾瀬とわたしは体型がほぼ同じなので、ほとんどの服がわたしにあつらえたみたいにぴったりだった。
「ねー、まじでほしい」と懇願したものの「着てないけど高かったから、簡単にはやらん」と突っぱねられた。「わたしに着せたほうが洋服が視界に入るからいいじゃないですか」とごねたけど、濁された。
こういうときなあなあに和姦するのが一番最悪なので「この家に避妊具あるなら出してください。燃やすので」と手を差し出したら「ない」ときまり悪そうに毛布を差し出され、自分はソファでまるまった。この人、女にセックス拒まれたことないんだろうな、と思うと愉快で、布団をひっかぶったらひとんちの匂いがした。
結局次の日も尾瀬の家にいて、適宜出前を取りながらYouTubeでひたすらM1を観ていた。強姦される気配がなかったので、あと自分のアパートに戻るには微妙に便が悪かったので、月曜日鍵をもらって尾瀬の家から出勤した。
前回汚い手で家に連れ込まれたことにはふれず、べらべらしゃべって新宿バスタで別れる。よいお年を、と歩き出した際、尾瀬は一回も振り向かなくて、前もそうだったなあと思った。
その点、わたしがすきになった人は違った。渋谷駅で別れるとき、3回振り返って3回ともそこにいて、にこにこ立っていた。そのときに、あ、わたしこの人のことすきになる、ヤバ、と思ったのを思い出して、大きな声で「ファーーーーック」と言おうとしたけど普通にバスの時間が迫っていたので走って停留所に向かった。結婚するまでの日々を五か年計画と呼んでいるのだけれど、そのうちの5分の1が終わったのだと思った。
うっせ。わたしの道はわたしが照らす。